屋台マックス (前編)




―― 目次 ――

01 舞い散る弾幕の夜に
02 夜雀の憂鬱
03 レンタル屋台でバンバン
04 川の穴パニック
05 伝説の赤い屋台
06 お大尽!!
EX にとりの初心者に優しい用語解説







―――――――― 01 舞い散る弾幕の夜に ――――――――




 雲一つ無い、眩しいまでに輝く月の灯りの下。

「……ほう、もう一度言ってみろ万年引き籠もり」
「ええ、何度でも言ってあげるわ住所不定無職」

 ミスティア・ローレライの経営する屋台の前では、泥酔した蓬莱人二人がこれ以上ない位に不穏な空気を噴出しまくっていた。

「ちょ、ちょっと! こんな場所で喧嘩なんて止めて頂戴よ、お二人さん!」

 ミスティアはなんとか仲裁しようと間に割ってはいるが、

「「あんたは黙ってなさい!」」

 二人同時に一喝され、それ以上は強く言えなかった。

 ミスティアも肉体的には普通の人間よりはずっと強靱で、妖力も並の妖怪ではそう簡単には持てないスペルカードを何枚も所持している程度には強い。
 しかし悲しいかな、目の前の蓬莱人二人はそんなミスティアよりずっと格上の存在なのだ。一対一でも勝率など皆無に等しいというのに、二人となるとミスティア自身の実力ではどうしようも出来ない。
 
 そしてここは力こそが正義の幻想郷。力さえあれば、異変解決の道中で通りすがった妖怪や神様をボッコにしようが、図書館や古道具屋から魔導書や物品を強奪しようが、許される世界なのだ。

「ミスティアちゃん、これ今日のお代だから……」

 それまで屋台で飲食していた里の人間たちや、一面中ボスにすらなれない程の弱小妖怪たちは、お代を置いてそそくさと立ち去っていく。
 実に当たり前の事だが、他人(それも強大な実力者同士)の喧嘩の巻き添えなど、誰でもまっぴらごめんなのである。
 ミスティア本人も、今日が非番ならとっくに逃げ出している事だろう。

「あ、ありがとうございます……」

 そんなお客さん達を見送りながら、ミスティアは盛大な溜息を吐いた。今日は店を開いてまだ二時間も経っていないのに、なんでこの二人はここまで悪酔いしているんだ? そう言えば、何か酒の飲み比べをしていたような気もするが、それにしたって悪酔いにも程がある。
 そんなミスティアの気苦労など知ってか知らずか、目の前の蓬莱人二人の口論は酒の力も手伝ってか、さらにヒートアップし続ける。

(やれやれ、場所を変えるか)

 すでに、いつ殺し合いという名の弾幕ごっこが始まってもおかしくはない。
 君子危うきに近寄らず、という有り難い先人の知恵にあやかり、さっさと店を畳んで被害の及ばない場所へでも移動しようとした矢先。

「今日こそ殺してやるぞ! 私の炎で魂まで消し炭になってしまえ!」
「その言葉、もう聞き飽きたわ。二度と聞きたくないから貴女の方こそ死んでしまいなさい。……私の難題によって!」

 屋台の撤収より早く、二人の自制心が砕けてしまったらしい。
 直後に放たれる弾幕、宣言されるスペルカード。他の人妖たちの弾幕ごっこでは決して見られない『殺し合う』為の弾幕ごっこが展開される。

「な、ちょっと貴女た――――」

 ミスティアの批難めいた叫び声も、爆音によって遮られる。
 もう一刻の猶予もない。この際、外に並べてあった椅子などは諦めるにしても、命と同じくらい大切な屋台だけは死守しなければならない。

「夜盲『夜雀の歌』!!」

 ミスティアも必死の思いでスペルカードを宣言する。
 それは屋台を守るため、上空で殺し合っている二人の放った弾幕が、流れ弾となって屋台に当たらないようにする為だったのだが、相当酔っぱらっている二人には、それが自分達の弾幕ごっこに対する妨害行為だと思えたらしい。

「あ〜、なんだ? 私たちの殺し合いに割って入ろうってのか?」
「いい度胸ね、貴女。だけど私達の殺し合いに水を差した、その代償は高くつくわよ?」
「え? そ、そんなつもりは……」

 ほとんど言いがかりにも等しい、二人への返答に苦慮するミスティアだったが、そんな返答さえも十分に聞かず、二人は地上のミスティアへとスペルを発動させた。

「不死『火の鳥−鳳翼天翔−』!!」
「神宝『ブリリアントドラゴンバレッタ』!!」

 二人とも本気で当てるつもりはなかったのか、それとも酔っぱらっていて狙いが甘くなっていたのか、奇跡的にも直撃だけは回避出来たミスティアだったが、二発分のスペルは爆風も凄まじく、ただそれだけで十数メートルもの距離を吹き飛ばされる羽目となった。

 ごろごろと地面を転り、木にぶつかってようやく止まった時には、二日酔いのような目眩や激しい頭痛で、しばらく満足に視線も定まらなかった。
 体中擦り傷だらけで服は泥だらけだが、それ以外に大きな怪我はない事を確認すると、ミスティアは軋む体に鞭打ってなんとか立ち上がり、視界を遮る煤煙の中で必死に目を凝らし自分の屋台を探した。

 ミスティアは嫌な予感がしていた。
 あれだけの爆発、たとえ外れていてもこれだけの爆風なら何らかの損傷を受けている可能性が高い。ましてや直撃でもしていようものなら……。

「――――あ」

 声にならない声と共に、ミスティアは静かに膝から崩れ落ちる。

 嫌な予感は的中してしまっていた。
 スペルの直撃を受けたであろう屋台は、屋根が半分以上吹き飛び、車輪も外れてしまっている。さらに商品の八目鰻と共に屋台の部品が周囲に散乱してしまっており、爆発によるクレーターの中で無惨に擱坐していた。

「ふ……ふ……ふ……ふふふふふふ……!」

 地面に突っ伏したまま、ミスティアは泣き声とも呻き声とも違う声を発し始めた。
 ――いや、それは確かに笑い声だった。

 もしこの場に医者でもいれば、すぐに精神の安否を尋ねたに違いあるまい。
 しかし不幸な事に、この場には安否を気遣ってくれるような、良識的な人物など存在しなかったのである。
 仮に第三者が存在したと仮定しても、その者は遠巻きにこの様子を眺めながらニヤニヤしているのが関の山である。それが幻想郷クオリティなのだ。




 相変わらず上空では酔っぱらい蓬莱人同士が、周囲への配慮などまったく顧みない弾幕ごっとを続けていた。その直下や周囲に流れ弾幕が着弾する中、ミスティアはふらりと夢遊病者の様な足取りで屋台へと歩み寄って行った。

 屋台にたどり着いたミスティアは調理場側へと回り込み、客からは見えない位置に隠された引き出しを引いた。……が、歪んでしまっているらしく、かなり力まかせに引っ張らないと可動しなかった。
 黒板を引っ掻くような不快音と共に引き出しがスライドし、これまた歪んだ形状のコントロールパネルが現れる。
 その光景に軽く絶望感を憶えながら、ミスティアはコントロールパネルを操作していく。

「え、と……現在の破損状況は、と」

 焦りながらも自己診断プログラムを走らせてみると、どうやらCユニットはなんとか生きているようで、現状ではそれだけが唯一の救いとも思えた。
 僅かな時間の後、ヒビの入った液晶モニターに診断結果が報告される。



夜雀号
 屋台主:ミスティア・ローレライ
 装甲タイル:0/155
 シャシー:リヤカー(ロングタイプ)【大破】
 主砲:40_自動擲弾銃【大破】
 副砲:7.7_機銃【大破】
 Cユニット:NITORI−T11改【小破】
 エンジン:本人【健在】
 SE:ATMミサイル【正常】
 道具:汎用調理台【大破】



 やはり思った通りの最悪な状況だ。これを修理するのに、一体どれだけのお金がかかるのだろう。しかも今日はほとんど売り上げらしい売り上げもなかったし、屋台の修理が終わるまで無収入の日々が続くのだ。
 おまけにローンだって残っている。しばらくは貧乏巫女以下の、それこそ仙人のように霞(かすみ)でも食べるか、野生動物のような超サバイバル生活をしなくてはローンどころか修理費だって払えないだろう。

 そう考えると、ミスティアは無性に腹が立ってきた。
 私が何をしたのか? 私が何故こんな目に遭うのか? 私がどれだけこの屋台を経営するのに苦労しているか……! てゆーか暴れるぐらいなら飲むんじゃねえ!

 内包した怒りがぐつぐつと湧いているが、ミスティアの戦闘力では二人に一矢を報いる事すら出来ない。それがまた怒りを加速させる。
 と。その時、ミスティアの目にモニターの『SE:正常』の文字が目に入る。



 SE――弾数こそ少ないが、主砲や副砲を超える高い威力を持つ。
 弾幕ごっこで例えるならば、副砲が通常の弾幕で、主砲がオプション弾幕、そしてSEがボムといった所だろう。
 それだけに、SE専用弾の値段は主砲弾よりも遙かに高額となる。



 ……この時、落ち着いてよくよく考えれば、もうこれ以上は一円たりとて無駄な出費は出来ない筈だと気付くべきだったのだ。
 しかし怒りで平常心を失っていたミスティアは、気付いていたらコントロールパネルを操作していたのだった。悪魔のような笑みを憤怒の中に隠して。

「屋台の恨み、思い知れ!!」

 怨嗟にも似た叫び声を上げながら発射スイッチを押すと、屋台の側面側からランチャーがせり出し、数秒後には目標をロックオンしたATMミサイルが白煙を上げながら射出される。

「なっ!? ぎゃああああっ!」
「え!? なによこ……きゃああああっ!」

 上空で戦っていた二人にとっては、正に青天の霹靂だったに違いあるまい。
 お互いに相手の事に意識を集中していたせいもあるが、ミサイルが高速すぎた。しかもアクティブホーミング式の誘導ミサイルである。
 ほとんど回避らしい回避も出来ずに、夜空に弾幕ごっことは違う爆発が二つ発生した。

 さすが河童の最新技術。
 前回、屋台を整備しに河童の集落まで行ったとき、「設置代だけはタダにするから」と半ば無理矢理押しつけられた代物だった(というか気付いたら改造が終わっていた)が、今になってその威力を遺憾なく発揮してくれた。

 その光景を眺めながら、ようやく正気を取り戻したミスティアは、明日からどうして生活して行こうか脳内で会議を繰り返していたが、全く良案は出てくる気配もなく、とりあえず流れ出てくる涙だけはそのままにしておいた。
 ATMミサイル一発で、平均的な屋台の売り上げ何週間分に匹敵するだろうか? 純利益ではない、売り上げ金額での換算だ。それを二発。多額のローンや修理費が控えている今、それだけの出費はまさに致命的だった。

「戦争は金ばかりかかって、空しいものだなぁ……」

 なんとも苦すぎる勝利の涙であった。






―――――――― 02 夜雀の憂鬱 ――――――――




 一夜が明け、屋台を壊されたという出来事は『昨日』という過去のものになった。
 空はうっすらと明るみを帯び始めており、日の出までに許された夜の支配権は、後ほんの僅かな時間しか残されていないだろう。
 ――とはいうものの、まだ空には無数の星が輝いており、新しい一日の始まりだという実感は薄い。
 どうやら“睡眠と起床”という儀式を通過しなければ、新しい一日を迎えられないのは、人間も妖怪もそう大差はないようである。

「あら? ミスティアさんじゃないですか」
「おー、みすちーじゃん!」

 ミスティアが大破した屋台の後片づけをしていた時、背後から声をかけられた。
 聞き覚えのある声に振り向くと、屋台を引いたレティ・ホワイトロックとそれに続く大妖精、そして屋台の回りを飛び跳ねているチルノの姿があった。

「みすちー、なにしてんのー?」

 チルノが不思議そうに聞いてくるが、そんなの一目瞭然だろうに。それとも妖精という種族も夜中(とは言っても、もうほとんど朝だが)では鳥目なのだろうか。

「何をしてるって……見てわかるでしょ?」
「うわ……なんて酷い。メチャメチャじゃないですか!」

 ミスティアが大破した屋台を指差すと、大妖精は凄く驚いた様子だった。これが意図的でなかったとしたら、この子はもしかして天然なのだろうか?
 もう一人、飛び跳ねんばかりに……実際に飛び跳ねているが……驚いている氷の妖精については、いつもと大差はないので特に感想はない。

「どうしたの、あれ?」

 レティは屋台を動かないように固定すると、少しばかり歩み寄って来て、大破した屋台を鋭い視線で眺めている。
 何気ない動作だが、屋台を離れる時にきちんと車輪止めを噛ませている所がプロの年季を思わせた。

 あれって、私でも時々忘れちゃうんだよね。

「ん……まあ、ちょっとした酔っぱらい同士の喧嘩に巻き込まれて、ね」

 ミスティアが遠い目をしながら、「……ふっ」と人(妖)生の縮図を思わせるような溜息を吐くと、それでレティと大妖精の二人はすべて聞くまでもなく、おおよその事のあらましを理解したらしい。
 チルノだけは「?」といった表情をしていたが。

「一体、誰がこんな事をしたのですか?」
「ん? ああ、蓬莱人の馬鹿コンビだよ」
「なにー、許せない! あたいがとっちめてやる!」
「まあまあ、チルノちゃん。落ち着いて、落ち着いて」

 今にも飛んで行きそうなほど興奮していたチルノを引き止めようと、大妖精がチルノに近づいた途端、いきなりチルノが空中で急停止する。
 あまりに急激な制動だったので、大妖精がつんのめって転びそうになってしまった。

「ど、どうしたの? チルノちゃん」
「……ところで、『ほーらいじん』ってなに?」
「「――――――――」」

 さすがに大妖精もミスティアも苦笑を隠しきれなかったが、それがチルノには面白くなかったらしく、ぷっくりと頬をふくらましている。
 そんなチルノをあやしている大妖精を端から見ていると、まるで血の繋がった姉妹のように錯覚してしまうほど自然で、穏やかな光景だった。

「蓬莱人のコンビ、というと……竹林の案内役と月のお姫様の二人?」

 その中で、レティだけが微動だにせず屋台から視線を外さない。

「うん、そうそう。
 そいつらがよりによって、私の店の真上でドンパチ始めてくれちゃってさ。
 しかも見てよ。屋台だけじゃなく、私もこの有り様」

 ミスティアは所々ほつれたり、土が付着している服をレティに見せた。

「あらあら」

 どうやら妖精だけではなく、冬の妖怪も夜目の効きは高い方ではないらしく、指摘されるまで気付かなかったようだ。
 もっともミスティア自身、夜雀の種族として並の妖怪より夜目が効く、という事をすっかり失念していて、つい自分の基準で判断していたのだが。

 そんなミスティアの腕や膝などにも多少の傷が見えるが、大部分は治りかけていた。元より擦り傷程度の怪我であったが、さすがはこういう点だけを見れば一端(いっぱし)の妖怪らしかった。

「それにしても永遠亭のお姫様はともかく、もう一人の方は自分も屋台を持っているはずなのに……まあ、あの二人が出会ったら、例え人里の中でも喧嘩しそうではあるけど」
「まったくだよ」

 と、ミスティアが再度深い溜息を吐いたとき、チルノをあやし終えた大妖精が戻ってきた。些かの疲れも見えないあたり、大妖精にとってチルノの相手をするという事は、ごく日常的なごく普通の行為なのだろう。

「ミスティアさん、怪我の方は大丈夫なのですか?」
「ああ、元々擦り傷みたいなもんだったからね。朝日が昇る頃には完全に――って、もしかして今までの話を聞いていたの?」
「はい、そうですが……?」
「チルノの相手をしながら、よく私たちの会話を聞けたものだね」
「そんなに難しい事ですか? ミスティアさんだって、屋台で同時に注文を受ける事もあるでしょう?」
「まあ、そういえばそうなんだろうけど」
「そうですよ」

 チルノも顔負けするくらい、妖精らしい笑顔で笑う大妖精。
 しかし、「チルノ相手の場合だと難易度が違うんじゃないかな?」と、口には出さないがミスティアはそう思っていた。

「ところでレティさん。私たちも気をつけなくてはいけませんね」
「ん? それは蓬莱人たちから屋台を守るってこと?」
「いえ、その人たちだけではなく、この幻想郷にはいろんな人間とか妖怪がいますから。様々な場面で、屋台を守る必要があると思うんです」

 大妖精が自分にも言い聞かせるかのように力強く言う。
 まあ、当然と言えば当然だ。屋台持ちにとって、屋台は命の次か同等以上に大切な物。時には自己の命をかけてでも、守らなければならない時もある。
 しかし、そんな大妖精の言葉を黙って聞いていたレティは「そうだね」と前置きした上で、

「――でも、いくら私たちが気をつけていても、どうしようもない時もあるけどね」

 と、実にネガティブな発言をした。
 自分の言葉が正しいはずで、賛同を得られると思っていた大妖精は、レティの否定的な意見に多少なりとも驚いている様子だった。

「なんだ、大妖精がせっかく良い事を言ったのに、あんたは随分悲観的だね。それとも冬の妖怪は心まで冷たいのかい?」
「そう? いくら気をつけていても、どうしようもなかった例の一つが、貴女の後ろにあるじゃないの?」
「うっ、それは……」

 自分の背後にある、レティの言葉を裏付ける絶対確実な証拠。確かにそれを言われると何も言えない。
 気落ちするミスティアと大妖精に語りかけるように、レティは説明を始めた。

「いい? まず、私たちは絶大で強大な力――例えそれが理不尽な暴力だったとしても――に対して、ほとんどの場合は何も出来ない。悲しいけれど、それが現実」
「それじゃあ、私たちは無力だから何かあった場合は諦めろって言うの!?」
「まさか。私もそこまで自虐的な博愛主義じゃないわ。
 ――ただ、私たちが出来る事は限られている。まずは、その理不尽な暴力に遭遇する確率を1%でも減らす事。
 そして、万が一の場合は1%でも損害を減らす事。ただそれだけよ」
「……じゃあ訊くけどさ、そこまで言うからには何か対策を考えてるんでしょ?」
「さあね。……でも、私たちの客の中には酔っぱらいなんて居ないわね。
 営業の場所は主に人里で、時間帯も日中限定だから危険性は皆無。
 道中については、少しでも危険度を低減させる時間とルートを選んでいるわ。例えば、今だったら夜行性の妖怪は眠り始める時刻だし、過去にこのルート上で強力な妖怪が出没したというケースは、統計上ほとんどない。
 ……まあ、それで確実に安心できないのが幻想郷の怖い所なんだけどね」
「「おおー」」

 さすが黒幕。大口を叩けるぐらいの事は考えていたんだな、と感心していたら隣で大妖精も同じように感心していた。

「ちょっと、大妖精」
「何ですか?」
「なんであんたまで感心しているの?」
「いや、私も初めて聞いたものですから。レティさんがそこまで考えているって知りませんでした」
「おいおい、いいのかそれで」
「私は計算と仕入れ担当なので、営業ルートなんかの決定はレティさんがしてくれていたんです」
「へー、そーなんだ」

 どうやら、彼女たち3人組の中ではレティが一番、知恵を絞る担当らしい。
 まあ、チルノが仕入れやら営業場所の選定といった事務処理をしている姿は、到底想像できなかったけれど。

「レティさん。私たちが屋台を出す時間帯を日中に限定されていたのは、そういう事だったんですね」
「まあ、ね。でもそれだけじゃあないよ。
 私たちの『売り物』は夜には売れにくい物ばかりだし、必然的に昼間太陽が出ている間だけに限られるからね。
 一石二鳥というか、特に説明しなくても大丈夫かな、と思ったんだよ」
「でもさ。万が一、という事もあるだろう?
 そういう時はどうするのさ」
「忘れたのかしら? こっちは三人もいるのよ。
 万が一の事態でも三人がかりで防戦すれば、最低でも屋台だけはなんとか守れる……とは思っているわ。
 要は、屋台が待避するまで時間を稼げればいい訳だしね」

 なるほど。もしもの場合は、二人が足止めしている間に一人が屋台を引いて人里にでも逃げ込めば、それで目的は達成できる。三人もいればそれも可能か。
 私は一人だから、そういう戦法が使えない。
 もし昨日……せめてあと一人でもいいから仲間がいれば、もしかしたら結果は変わっていたかも知れないな……と、昨日の事を思い出しそんな事を考えているとき、ふいにレティから声をかけられた。

「ねえ、ミスティア。貴女は屋台を修理して、まだ八目鰻の蒲焼き屋を続けるんでしょ?」

 その問いに、ミスティアは愚問とばかりに「当然だよ!」と力強く答える。
 当初は焼き鳥撲滅のためとは言いつつも、半ば趣味で運営しているような屋台だった。それが長く屋台を続けていくうちに、多くの人妖と触れ合えるこの仕事に魅力を感じ始め、今では生き甲斐とも言えるほどに生活の中で大きな比重を占めていたのだから。

「それじゃあ、これを機会にして新しい屋台に買い替える、というのはどうかしら?」
「……えっ!?」

 レティの突拍子もない発案に、ミスティアはつい素っ頓狂な声を上げてしまったが、それも無理のない事だろう。

「それも装甲が強力な、自走式屋台にね。
 さすがに戦台とまでは言わないけど、自走式だと装甲タイルも多く貼れるし、改造の幅もぐんと広まるわよ」



 ここで『屋台』について説明しておこう。屋台には、大きく別けて3タイプ存在する。

 1.人力、もしくは家畜などで引っ張って移動するタイプの『牽引式』

 2.エンジンを搭載し、自力走行可能な『自走式』
 なお、牽引式屋台にエンジンを載っけた改造型と、最初から自走を前提として作られた完全自走型の二種類があるが、それらをひっくるめて『自走式』と呼ぶ。

 3.自走式である事を前提とした上で、さらに戦闘に特化させた屋台で、牽引式や自走式では載せられないような強力な主砲や副砲を搭載出来る『戦闘屋台』、略して『戦台』
 中には戦闘に特化させすぎて、屋台としての機能が犠牲になっているという、本末転倒な代物まであるという。

 そして、多くの人妖は手頃で安価な牽引式屋台を使用している。
 自走式屋台を持つことは一種のステータスであり、それだけで収入が断然違ってくる。
 ただし、出費の方も牽引式と比べて段違いに多く、燃料代はもちろん整備費も馬鹿にはならない……らしい(私はそんな屋台を持っていないので、詳しい事は分からない)



「自走式、か。でも、そんなお金ないよ。欲しいとは思ってるけど、夢のまた夢だよ」
「それは分かってる。貴女は今まで利益はあまり追求してこなかったみたいだし。
 でも、今後の事を考えたら決して損ではないと思うわ。
 先ほども言ったけど、私たちと貴女とでは顧客、場所、時間帯、すべてに置いて危険度が違いすぎる。
 その中で1%でも安全性を上げたい、しかし貴女はそれほど強い妖怪ではない。
 ……だとしたら、後は屋台を強化するしか残ってないでしょ?」
「――それはそうだけど」
「まあ、これは『安全』に対する“投資”みたいなものね。
 どこまで投資できるかは人それぞれの考え方だと思うけれど、私たちもそれなりに『投資』しているのよ?」
「それってどういう……?」

 ミスティアが分からない、といった表情を浮かべていると、レティが手招きしてミスティアを自分達の屋台の近くまで招き寄せた。

「ふふ。よく見てみなさい、この屋台を」

 言われるまま、ミスティアは屋台の周囲をぐるっと回ったり観察したりして、レティ達の屋台をしばらく睨んでいたが、そうしているうちにレティ達の屋台が普通の屋台ではないという事に気が付いた。

「うわ! この屋台、装甲タイルに隠れて気付かなかったけど、よく見たらかなり改造されてるじゃない!」
「そうよ。主砲や副砲はもとより、Cユニットまで取っ払って、その空いた分の重量をすべて防御力強化にまわしてあるの」
「Cユニットまで!?」
「こちらは人手が3人いるから、3人で作業を分担すればその代行は難しくはないわ。
 その見返りとして、防御力は牽引式屋台では限界値の150以上あるし、シャシー下部も最新のMRAPに対応出来るほど装甲化してあるから、地雷やボムガメを踏んでも大丈夫よ」
「防御力が150……!?」

 ちなみにミスティアの屋台の防御力は25。ほとんど無改造状態である。

「付け加えて言うなら、屋根の増加装甲は通常の装甲タイルじゃなくて、リアクティブ・アーマーになっているわ」
「リアクティブ・アーマー……!? って事は、屋根のあれは全部ERVって事!?」
「まあさすがに全部ではないけど、ね」



 ERV――爆発反応装甲は、対弾幕ごっこ用の装甲としてはかなり先進的かつ強力な部類に入る。
 命中した弾幕が、屋台本体に到達する前に装甲自体が爆発し、その弾幕のエネルギーを相殺、もしくは弾幕そのものを吹き飛ばしてしまうという画期的な装甲だ。
 通常の弾幕はもちろん、一部のスペルカードの弾幕すら食い止める事が出来る、とさえ言われている。
 その分値段も高く、通常の装甲タイルが10枚で1円なのに対し、このERVは1枚で5〜10円はする。

 当然だがミスティアの屋台に、そんな高価な装甲が使われてはいなかった。



「これで分かったでしょ? 『安全の投資』の意味が。
 まあ、私ではなく貴女が決める事だからこれ以上は言わないけど、一考には値するんじゃない?」

 むう、とミスティアは小さく唸った。
『いくら私たちが気をつけていても、どうしようもない時もある』とはレティの言葉だが、まさにその通りだ。
 だからこそ、レティは考えられる限りの安全策を二重三重に講じている。かつての自分とは対照的なほどだ。
 口先だけで終わらせず、自らの思考と信念を計画し、そして実行するレティの言葉は、一考どころか二考にも三考にも値する。

「――だけど、やっぱり駄目だ。先立つものがないよ」

 しかし自走式屋台の価格は、牽引式屋台とは桁が違う。今の屋台を手放して全財産を合わせても、到底買えるはずがなかった。

「……でも、レティの話は凄く参考になったわ。今度、屋台を修理した時はぜひ参考にさせて貰うよ」
「ふふ。私はこれ以上は言わないと言ったはずよ?
 でも一言だけ付け加えるのなら、今度の屋台は素敵な屋台にして頂戴ね」

 今までミスティアは八目鰻の蒲焼きという商売にのみ、その力を注いできた。
 屋台である以上、それは極めて当然であり、屋台としてのレゾンデートルそのものなのであるが、屋台の強化改造や安全性の確保という部分を軽視してきたのも事実である。
 もっと言えば、酒を扱った飲み屋台である以上は、こういうケースは想定しておくべきだったのではないか、とも思えてきた。何故なら、幻想郷には危険な大酒飲みが沢山いるのだ。
 
 もし自分の屋台がレティ達の屋台のように強力に改造されていたなら、ここまで酷く破壊される事もなかったかもしれない。
 屋台を修理し終えた時は、自分が出来る範囲で屋台を強化したり、危険な時にはすぐに逃げ出せるような工夫をしたり、とにかくそんな事を少しは考えてみよう……とミスティアは思っていた。

「そうだ!
 ねえ、ミスティアさん。自分で屋台を見つけるってのはどうですか?」
「屋台を!?」
「はい。幻想郷にはいろんな場所に手付かずの屋台があるって聞いたことがあります。
 だから、その屋台を見つければ――――」

 ミスティアも以前、そのような噂話を何度か聞いた事がある。
 例えば、何処かの洞窟に屋台が眠っているとか、何処かの土の中に埋まっているとか、強力すぎて封印されているだとか、新たに幻想入りした屋台があるとか、噂の内容は多種多様である。

「残念だけど、それはあまりにもハイリスクすぎるよ」
「そうねえ。確かにそんな屋台を見つけるより、真っ当に働いて屋台を買った方が早いかもしれないね」
「そ、そうなんですか!?」
「いろんな噂があるけど、今まで見つけたっていう話を聞かないしね」
「誰に聞いたか知らないけど、情報のほとんどが眉唾もので、信憑性がない。
 中には、伝説と言われた屋台を探しているうちに財産を使い果たしてしまったり、探索の旅の途中で命を落とした者すらいるらしいわ。
 ――と言っても、それすら噂話の一つに過ぎないけどね。まあ、その程度の話って事よ」

 ミスティアとレティにダメ出しされ、しゅ〜ん、と羽と耳が垂れ下がる大妖精。
 感情がそのまま表に出るのは見ていて面白い。大妖精も大妖精で、チルノに負けず劣らず表情豊かなようだ。

「あれ? すっかり忘れていたけど、そういえばチルノはどこ?」

 今まで失念していたが、さっきからチルノの姿が見当たらない。どうりで静かなはずだ。

「え? その辺にいませんか?」
「う〜ん、ちょっと見える範囲にはいないよ」

 辺りを軽く見渡しても、チルノは視界内には映らない。どうやら、少し離れた森の中へ入って行ってしまったようである。

「まったくチルノちゃんったら……。あまり遠くに行かないように言っておいた筈なのですが……」

 まあ、この辺には強い野良妖怪はいないし、もうじき夜も明けるので、チルノ自身は心配ないだろう。むしろ心配なのはこのままチルノが帰ってこない事だ。

「あんた達の屋台って、チルノが居なかったらそもそも成り立たないでしょ?」
「そうなんですよね……」

 がっくりと肩を落とす大妖精。そんな大妖精たちの屋台はズバリ『氷屋』である。
 氷そのものを売るのは当然として、かき氷や冷やしたジュースなども取り扱っており、夏場は特に大好評である。
 原材料費はタダ。強いて言えばカキ氷用のシロップや、ジュース類の仕入れ賃程度である。それ故に利益率はかなり高い。
 しかし冬には需要が極端に低減するため、一年を通してトータルで見ると、他の屋台と比較して突出した売り上げがある訳ではなかった。
 氷を供給するのはもちろんチルノで、そのチルノがいなければ彼女たちの屋台は成立しない。

「大丈夫でしょ。いつも通りアイテム拾いでもしてるのよ」
「だといいんですが……」
「アイテム拾い?」
「読んで字の如く、よ。
 ――ほら、噂をすればなんとやら。気ままなお嬢さんは、手荷物を持って帰って来たみたいよ」

 レティの視線をなぞっていくと、その先には確かにふわふわと浮かぶ青と白の影。
 例えそれが遠く、暗く、小さくとも、氷精として最大の特徴である、氷の羽がキラキラと輝いているのがしっかりと確認できた。

「お〜い! レティー! 大ちゃーん!」

 元気そうに叫ぶその声は、普段のチルノと変わらない。だが、よく見てみると少し様子がおかしい。
 普段のチルノならば、こういうときは手でも振って、一目散に飛んでくるようなものだが、目の前のチルノはスカートの端を両手で持って、ゆっくりと近づいてくる。まるで何か大切な物でも抱えているかのかのようだ。
 それにしても恥じらいも何もなく、ドロワーズが丸見えである。こればかりは同じ少女として少し頂けない。

「チルノちゃん、いつも言ってるけどそんな物の運び方したら駄目でしょ?」
「う〜ん、そーだったっけ?」

 チルノはあっけらかんとしているが、注意している大妖精の方が少し顔が赤い。

「そうよ。それに持ち物が多くて一人で運べなかったら、私たちを呼べばいいのよ?」
「でも、こーすれば運べるよ!」
「だからね、チルノちゃん…………」

 チルノ相手に一生懸命に恥じらいと礼儀作法を(チルノが理解できるレベルで)教えている大妖精の姿は、姉妹というよりもはや母子にすら見えてくる。
 しかしチルノは一体何を大事そうに持っているのだろうか? 見たところ、かなりゴチャゴチャとしてて、一見ではよく分からないほど結構な種類がありそうだった。

「いい? 分かった? チルノちゃん」
「うん、なんとなく!」

 大妖精の懸命な努力が功を奏して(?)一応、注意というか説得は終了したらしい。しかし、相変わらずチルノはドロワーズ全開だ。
 まあ、こればかりは仕方がない。今スカートから手を離したら、中に入っている物が全部こぼれ落ちてしまうからだ。

「ところでチルノは一体何をしていたの?」
「拾ってた!」

 意味がよく分からないが、何でも地面に落ちている物を拾い集めていたらしい。
 レティと大妖精が言うには、チルノの最近の趣味らしい。これまた凄い趣味だな。
 いつまでもドロワーズを全開にしておくのもアレだし、チルノが拾ってきたアイテムとやらにも興味があったので、屋台の上に並べてみる事にした。
 すべて並べ終えた時点で、チルノのスカートは元通りにドロワーズを覆い隠し、本来の姿に戻った。この時、大妖精が少し残念そうだったのは何故だろう?

 さて、屋台の荷台に並べられているアイテムに目を移すと、それがかなりの種類と量である事に驚かされる。


 投げやすい石×6
 投げにくい石×9
 回復カプセル×2
 アルカリスプレー×1
 軍手×1
 地下足袋×2
 バリアシール×1
 プロテクタくず×3
 1円硬貨×1
 ブーメランスパナ×1


 \すげぇ/

 なんという人間探知器。いや、妖精だから妖精探知器か。
 少し変なアイテムも混じっているが、よくあれだけの短時間でこれだけ沢山の物を拾ってきたものだ。
 この中で、売れる物だけ選んで売却したとしても、結構な金額になるんじゃないか?

「チルノちゃんって、いつもこうなんですよ」

 チルノの頭を撫でながら大妖精が言う。

「マジ!?」

 恐るべし、チルノ。これはあれか、馬鹿ゆえに探知能力だけは優秀、とかなんかそんな感じだろうか?
 いや、それは今はどうでもいい。ここはぜひ一ヶ月ほど、チルノをお貸し頂きたいものだ。

「ね――」
「貸さないわよ?」

 話を切り出そうとした途端、レティに一刀両断に否定された。
 くっ! まだ全部発言すらしていないじゃない。それとも私の考えなど、まるっとお見通しって訳なのか?

「そ――」
「私たちはチルノが居ないと屋台が成り立たないの。貴女も先ほど言っていたでしょ?
 それに私たちの屋台って冬は事実上休業状態だから、稼げるうちに稼いでおかないとね」

『そんな事言わずに……』と言い出そうとした途端、またも一言目で拒絶される。
 お前はエスパーかよ! まあ、レティの言い分は理解出来るから仕方ないが。

「すいませんね、ミスティアさん。
 でも、チルノちゃんも今は楽しんでやってますけど、すぐ飽きるかもしれませんし、あまり期待しない方がいいと思いますよ?」
「そっか。……まあチルノだしね」
「はい。チルノちゃんですから」

 苦笑し合う私と大妖精の横で、「あらあら、沢山拾ってきたわね」などとチルノの頭を撫でながら、要らないアイテムをさり気なく捨てているレティは、きっと只者ではない。



最強号
 屋台主:チルノ(製氷担当、戦闘担当)、大妖精(雑務・接客担当、チルノ担当)、レティ(事務担当、危機管理担当)
 装甲タイル:190/190枚
 シャシー:リヤカー(ショートタイプ)
 主砲:チルノ(残機×3、ボム×3)
 副砲:なし
 Cユニット:大妖精(算盤検定2級)
 エンジン:レティ(太ましい)
 SE:なし
 道具1:クーラーボックス
 道具2:かき氷器




 なかなかに愉快だったチルノ達と別れてから、再び一人でのパーツ回収作業に戻る。
 ほどなくして日は昇り、朝日が幻想郷を照らし出した頃、リザレクションして素面に戻ったらしい蓬莱人二人は、それぞれ保護者に連れられて謝罪にやって来た。

 修理費に、と二人から貰ったお金では屋台の破損箇所全てを修理する事など出来そうになかったが、それで許してしまう自分はなんて人の出来た妖怪なんだ、と自画自賛した。
 ……単に、保護者を含めて謝罪に来た全員が自分より圧倒的高レベルな中、「これだけじゃあ全然足りへんわ、ボケが!」とは到底言えなかった訳ではない。


 その後、保護者たちが監督している中、蓬莱人ズ(焼鳥屋の方はともかく、永遠亭の姫の方はブーブー文句言いながら作業してた)と共に現場の後片付けをした。
 散乱したパーツや剥がれ落ちた装甲タイルなどを一纏めにしておき、河童の屑鉄屋に引き取って貰うのだ。
 これらは修理には使えなくても、二束三文ぐらいには売れるだろう。というか売れて欲しい。

「なあ、この八目鰻はどうするんだ?」

 屋台のパーツを片付ける傍ら、ついでに回収した鰻も適当な桶やらバケツに放り込んでいく。すでに新鮮さも失い、土まみれで哀れな姿だ。
 中には弾幕ごっこの余波で爆散した鰻も多数あった。

「そんなのもう商品価値がないんだし、廃棄するしかないでしょ」
「ふーん、勿体ないなぁ」

 土にまみれた鰻をぷらぷらとさせながら、藤原妹紅が他人事のように言い放つ。
 少し離れた場所で作業していた蓬莱山輝夜と八意永琳にいたっては、「喉が渇いたわ。飲み物か何かないかしら?」「姫。後もうしばらくの辛抱ですよ」などと歓談している。

 何 だ こ い つ ら !?

 あまりの悪態さにスペルカードの一つでも発動させてやりたかったが、それを自重出来た自分自身に最高の栄誉を贈る。
 別に、「ふざけんな、全部賠償しやがれ永久貧乳!」と中指を突き立てた結果、蓬莱人ズに逆ギレされて、自分自身が焼き鳥になるのが怖かった訳ではない。

 ここは弱肉強食万歳な幻想郷。
 あえて具体例は出さないが、意訳すれば『むかついているから殴らせろ』とか、『オッス、殺し合おうぜ!』といった意味合いの言葉を平然と言い放ってくる、迷惑かつ危険極まりない奴らがゴロゴロいるステキ世界。
 そんな連中に比べてみれば、目の前の蓬莱人たちは、(全然足りないけど)修理費を払ってくれて、(文句言いながらだけど)後片付けを手伝ってくれるだけ、かなり良識的な存在だと言えるだろう。……多分、きっと。

 というか幻想郷が妖怪の楽園っていう謳い文句、これって嘘でしょ? 正確には、ごく一部の強者(人間、妖怪問わず)のみの楽園なんでしょ?
 強者側として生を受けなかった自分の不幸を呪いながら、ミスティアが黙々と作業をしていると、後方から輝夜と妹紅の怒鳴り合いが聞こえてきた。

(またか……)

 溜息と共に振り向くと、そこには回収作業など何処吹く風、お互いにガンを飛ばしまくっている蓬莱人二人。

「だいたい、こうなったのも昨日はお前が変な挑発してくるから……!」
「あら、先に言いがかりをつけてきたのはそちらでしょう?」

 しかし、罵り合いながら作業するのは止めて欲しい。というか胃が持たない。
 その都度、保護者たちに止められて口論はそこで終わるが、しばらくするとどちらともなく挑発が始まり、やがて口論から罵り合い、という流れになる。
 半獣と薬剤師がこの場にいなかったら、この二人はとっくに昨夜のような弾幕ごっこに発展しているのかもしれない。本当に仲が悪いってレベルじゃない……。

(どこかの喘息魔女じゃあるまいし、ストレスで吐血する前に、とっとと回収作業を切り上げてしまおう)

 そう思ったミスティアは、小さいパーツ類の回収はそこそこに切り上げ、妹紅や輝夜たちに手伝ってもらいながら、屋台を爆発で出来たクレーターの外に移動させた。

「……よし。こうしておけば、あとは別の屋台を持ってきて牽引するだけだわ」

 作業終了。本当はもう少しパーツ類を片付けたい所だが、めぼしい物はあらかた片付けたし、まあこれでいいだろう。
 それよりも、いい加減この重苦しい空気から逃げたかった、というのも理由の一つであったのだが。
 まったくこの二人、屋台で別々に話す分には何の問題もない(というよりむしろ上客)のだけどね……。



 作業も終わり、さすがに口喧嘩にも疲れてきたのか、妹紅や輝夜が「あー、疲れた〜」とか「早く湯殿に行きたいわ」と言いながら、欠伸やら背伸びやらをしている光景を意図的に視界から削除する。

「ねえ、お二人さん。今度はもう二度と酔っぱらって喧嘩なんてしないでよね」

 お節介かも知れないが、釘を刺す意味でそんな事を言ってみたら、「「ええ、分かっているわ」」と蓬莱人ズから、すこぶる良い笑顔で返された。
 ……本当に分かっているのだろうか?

 もしかしたら蓬莱の薬には、不老不死になれる代わりに公序良俗の精神が低下する副作用でも含まれているのだろうか。
 もしそうだったら、私は不老不死なんて追い求めないと、ここに固く誓った。

 そんな四人組の中でただ一人、上白沢慧音だけが凄く申し訳なさそうに「すまんな、この埋め合わせはきっとするから」と謝っているのが感慨深かった。
 こんな当たり前の事に感動出来るなんて、やはり幻想郷の法は歪んでいるな、と涙を堪えて実感する。

 まったく、蓬莱人たちも少しは半獣の角の垢……もとい、爪の垢でも煎じて飲めばいいのに。
 とりあえず、今度来るときは是非とも別々の日に来て貰いたいものだ、と存在はしても願いなど叶えてくれない幻想郷の神々に、駄目もとで強く願った。

 チルノ達とはまた違った意味で、肉体的にも精神的にも疲労したミスティアは、今日はこのくらいにして、早々に帰宅する事にした。
 屋台を引かずに帰宅するなんて、一体何年ぶりだろうか。久しく感じた身の軽さは、そのまま表現の仕様もない寂しさとなってミスティアの背に重くのしかかってくるのであった。


※回収した八目鰻は、ルーミアが全部食べてくれました。一切、無駄に廃棄しておりません。






―――――――― 03 レンタル屋台でバンバン ――――――――




 蓬莱人たちが謝罪に来た翌日、ミスティアは朝一番で香霖堂を訪れていた。

「やあ、いらっしゃい」

 開店と同時に来店したミスティアに対して、香霖堂の店主である森近霖之助が声をかけてくる。
 ミスティアはこの店では珍しい『ちゃんとお代を払ってくれる』お客様なので、霖之助としても来店時には声の一つもかけるのだ。

「ああ、今日は材料を買いに来たんじゃないの」
「なんだ、せっかく真心を込めたというのに」
「本当に真心を込めたのなら、わざわざそんな事は言わないと思うけど?」
「ふむ。それでお客としてでなければ、どういった用事で来たのかい?」
「今日はレンタル屋台を借りに来たの」
「レンタル屋台?」



 レンタル屋台とは、その名の通りレンタル出来る屋台の事で、幻想郷レンタル屋台協会が運営している。
 このレンタル屋台、なんと無料でレンタル出来る上に、食材さえあれば即屋台経営OKという優れものだが、大きな落とし穴もある。
 屋台の貸し出し自体は無料だが、レンタル料は売り上げから差っ引かれるのだ。レンタルした屋台の規模と日数によって変化してくるが、最大の場合は屋台の売り上げの50%もの金額をレンタル料金として払わなくてはいけない。
 その上、屋台のパーツが傷ついたら自動で帰還してしまうという、レンタル屋台特有のプログラムがCユニットに組み込まれている。

 そのため、このレンタル屋台を敬遠する者もいるが、高額のレンタル料さえなんとかなれば、その利便性ゆえに安全な人里などで、このレンタル屋台を使用している人妖も結構多い。
 その他にも、今回のように自分の屋台が壊れた時の牽引用、もしくは整備に出している間の代車代わりとして利用する者もいる。



「しかし君は確か自前の屋台を持っていた筈だが……メンテナンスでなければ、もしかして弾幕ごっこにでも巻き込まれて壊してしまったとか?」
「そうなのよ。昨夜、蓬莱人二人の弾幕ごっこに巻き込まれて……まったく腹の立つ」
「蓬莱人……? ああ、輝夜と妹紅の事か」
「知ってるの?」
「妹紅は何度か来店してるよ。
 輝夜の方は直接会ったことはないが、永遠亭の関係者がたまに買い物に来るので、その時に話は聞いた事はある。
 後は魔理沙からも話を聞いたな。何でもこの二人の仲の悪さは折り紙付きなんだとか」
「そうそう! 仲が悪いんだったら会わなきゃいいのに、二人揃って飲み比べして悪酔いしたあげくにスペカをドカン、よ!」
「それはなんとも災難だったね」
「心なしかあまり同情の念が感じられないけど……まあいいや。
 それで完全に大破状態なのよ。だから河童の所まで牽引するのにどうしてもレンタル屋台が必要で」
「なるほど。うちで取り扱っているのは1号と2号と3号の三種類だけど、生憎2号はレンタル中で、3号は昨日戻ってきたばかりで現在は整備中なんだ」
「なにそれ? じゃあ今すぐ貸し出せるのは1号だけって事?」
「そういう事になるね。
 まあ、3号も基本的な点検はほとんど終わってるから、多少の不具合さえ目を瞑ってもらえればレンタルは出来るよ」
「多少の不具合って?」
「装甲タイルが最大値の半分以下しか貼られていない事と、SEの残弾がゼロという事かな。それ以外の装備・パーツは問題なしだ」
「う〜ん。難しいわね……実際に見てみないと何とも言えないわ」
「一応、レンタル屋台の性能表があるんだけど、見るかい?」
「もちろん見るよ」

 霖之助はやんわりと立ち上がると、店の本棚から一冊のファイルを抜き取り、それをカウンターの上に無造作に置いた。

「ほら、これがレンタル屋台の性能表だよ」

 ミスティアは、霖之助が持ってきた少し厚めのファイルを捲ってみる。
 外見は何とも味気ない表紙だったが、中身は外見とはうって変わって色鮮やかな写真や図解などが多く、レンタル屋台について事細かく記載されていた。



レンタル屋台1号
 装甲タイル:最大205枚
 シャシー:リヤカー(ショートタイプ)
 主砲:なし
 副砲:9.7_機銃
 Cユニット:NITORI−T12
 エンジン:本人
 SE1:発煙弾発射機
 SE2:チャフ・フレア・ディスペンサー
 道具:汎用調理台


レンタル屋台2号 ※レンタル中(レンタル者名:アリス・マーガトロイド)
 装甲タイル:最大220枚
 シャシー:リヤカー(ロングタイプ)
 主砲:47_砲
 副砲:7.7_ヴァルカン
 Cユニット:NITORI−T12改
 エンジン:本人+電動アシスト
 SE:なし
 道具:汎用調理台


レンタル屋台3号
 装甲タイル:最大490枚(現状では200枚)
 シャシー:軽トラ
 主砲:40_自動擲弾銃
 副砲:9.7_機銃
 Cユニット:スパシーボU
 エンジン:チヨノフ
 SE:火炎放射器(残弾なし)
 道具1:汎用調理台
 道具2:小型タコ焼き器


レンタル屋台4号(導入検討中・何か意見があれば店主まで)

レンタル屋台5号以降(申し訳ありませんが、現在導入予定はありません)



「じゃあ3号で」
「それでいいのかい?」
「いいのよ。レンタル2号はともかく、1号は完全にスペック不足だもの。
 普通に人里で屋台出すのならこれでも十分なんだけど、壊れた屋台を回収して妖怪の山まで行こうとしたら、あと1人か2人ぐらい人足を雇わないといけなくなるから」
「何だったら2号が返却されるまで待つ、という選択肢もあるけど? 契約ではあと数日中には返却される筈だ」
「そんなに待ってられないよ。いくら大破しているとは言っても自分の屋台だもの、一日でも早く直したいし。
 それに何日も放置していたくないわ。パーツ泥棒とか怖いもん」
「まあ僕はどちらでもいいけどね。たとえ君がその屋台で一銭も稼がなくても、レンタル屋台協会からはちゃんとお金が入るし」
「あまり商売人とは思えない言葉ね。まあだからこそ人里じゃなくて、こんな森の外れで店を構えているんでしょうけど」

 ミスティアの皮肉も、霖之助の耳には素通りされてしまうらしい。
 取り立てて怒ったり反論したりする事もなく、霖之助はカウンターの内側から一枚の書類とペンを取り出すと、ミスティアの目の前まですっと滑らした。

「じゃあ3号を表に回しておくから、この紙に必要事項を記入しておいてくれ」
「あいよ」

 なんともゆっくりとした足取りで霖之助が外へ出て行く。
 車庫に入っている(であろう)レンタル屋台を取りに行ったのだろうが、実にマイペースである。
 そんな霖之助の姿を横目で見送りながら、ミスティアが契約書にサインしていると、店の外から軽快とは少し言い難いが、調子の良さそうなエンジン音が聞こえてきた。
 一応、整備だけはそれなりに行われているようである。

「いいなぁ……いつか私もレンタルじゃなく、自前で自走式の屋台が欲しいなぁ」

 自分の屋台が自走式であれば、今まで以上に色々な場所へ屋台を出しに行けるだろうし、大型の発電機を取り付ければカラオケ機器なども設置できるだろう。
 夢は広がるばかりだが、現状では遠い遠い夢だった。

 そんなミスティアの元へ霖之助が戻って来た。ちらりと入り口の方を見ると、開いたドアからレンタル屋台の車体がはっきりと見える。

「はい、書き終わったよ」
「どれどれ」

 霖之助は、ミスティアが書いた書類に不備がないかチェックしているらしいが、端から見るとどうしてもぼんやりと書類を眺めているようにしか見えない。

「どうでも良い事だけどね、よくその長い爪で、きちんと文字が書けるものだと常々思っているんだが」
「本当にどうでも良い事ね……。
 生まれた時からこうだったもの、私にとってはこれが普通なのよ」
「なるほど」

 と霖之助は小さく頷きながら、「間違いはないみたいだ」と、書類をバインダーに固定している。

「もしかして、馬鹿にされてる?」
「そんな事はない。むしろこれで一つの小さな謎が解消した」
「……本当に変な人ね。
 それより装甲タイルって200枚のままなの? せめて後100枚くらいは貼りたいんだけど」
「……自分では自覚していないが、よく言われるよ。
 装甲タイルだが、店にある補給用の装甲タイルはすべて売り切れたんだ。現状ではその200枚で最後なのさ」
「えっ!? 装甲タイルが売り切れって、そんな事あるの!?」

 驚いて聞き返すミスティアに、霖之助はそれなりに真剣な表情になって説明する。
 どんな話題でも、絶対に自分のペースを崩さないこの店主がここまでするということは、どうやらかなり真面目な内容らしい。

「ああ。なんでも『屋台狩り』が出て、屋台が何軒か被害にあったらしい。そこで協会やフリーのハンター達が大規模な掃討作戦を行ったそうだ。
 そのせいで、装甲タイルだけではなく砲弾や整備部品なども品薄状態なんだよ」
「屋台狩り?」
「うむ。君も屋台持ちなら聞いた事はあるだろう。
 『ヤタイグラー』と名乗る、屋台だけを狙う正体不明の集団の事を」
「――うん、知ってはいるわ。たまに同業者の間で噂になるし」



 ヤタイグラー。その多くは……というよりほとんどの構成員を妖怪が占めていると噂される暴力集団。
 人里を直接襲うような暴挙は犯していないが、人里から出た屋台や商人などが幾度も襲われており、時には妖怪の山にすら喧嘩を売るという常軌を逸した行動を取る。

 ――その昔、妖怪の山で宴が催され、人里から屋台の一団が招かれる事があった。
 しかしヤタイグラーは事もあろうにそれらの屋台団を襲撃、警備に当たっていた何人もの白狼天狗に重傷を負わせた上で、献上品を一つ残らず奪い去っていったという前代未聞の大事件を起こした事がある。

 何でも、その報告を聞いた天狗の頭領である天魔は大激怒し、ヤタイグラーを撃滅するまで永久に戦い続ける、と宣言したとさえ言われている(真偽の程は不明。何せ情報源が天狗だ)
 しかしヤタイグラーは実に神出鬼没であり、捕捉する事は困難を極めた。決定的な決め手が無いまま年月が流れ、今に到るもヤタイグラーが壊滅したという話は聞いていない。



「商売人としては在庫がさばけるのは歓迎だが、屋台が減ってしまうのは頂けないな。それに長期的な目で見れば、結局は屋台事業全体の景気も悪化する。
 屋台はこの幻想郷の数少ない娯楽だからね。まったく、なんでヤタイグラーが屋台狩りを行っているのか、理解に苦しむよ」
「こういう時こそ、博麗の巫女の出番じゃないの?」
「霊夢か。しかしこれは『異変』と言ってよいものか少し微妙な気もするね。何せ被害は現在の所、屋台にしか出ていない訳だし」
「じゃあ巫女は動かないって事?」
「さあ? そこまでは分からないよ。
 でもこれだけ被害が出ているのなら、流石に無視は出来ないと思うけど……動き出すまで腰が重いからね、彼女は。いつも異変がかなり進行してしまってから、やんわりと動き出す。
 長く続く冬の時も、終わらない夜の時もそうだったからね」
「巫女として駄目じゃん」
「まあ、それが彼女の短所であり長所だ。きっと何か考えがあるのだろう……多分」
「ふーん。話はだいぶ脱線したけど、装甲タイルが200枚ってのはちょっと心許ないわね。レンタル屋台はパーツが損傷したらすぐに帰還しちゃうし……。
 まあ、いざとなったら屋台から降りて生身で戦えばいいけど」

 生身で戦う事にはやはり一抹の不安が残る。少なくとも河童の集落まではそれなりに安全が確保されているが、確実に安全という訳ではないのだから。

「ふむ。装甲タイルなら、あるにはあるぞ」
「へ? さっきは売り切れだって言ってなかった?」
「確かに店の分は売り切れだ。しかし、あそこの分はまだ在庫が十分だぞ」

 そう言って霖之助が指差したのは、入り口近くに置いてある自動販売機だった。
 ここだけは大型のシャッターが設置されており、自販機や店内で買った商品をそのまま店外に駐車してある屋台へと、搭載する事が出来るようになっている。

「うわ。ぼったくり自販機」
「店主の前で言う言葉かね。
 いやならいいんだよ? もうこの店には、その自販機の分しか装甲タイルは残ってないんだし」
「くっ。買うよ。買いますよ。
 ……だけどさ。もしかして、売れ残った商品をあの中に詰めているんじゃないんだろうね?」
「おお。なんで今まで気付かなかったんだろう。実に良いアイデアだね」
「しまった、やぶ蛇だったか……」

 ぽん、と両手を合わせる店主の姿を見て、ミスティアはこの店主なら本当にやりかねないな、と思った。


 不可思議ながらくた(店主いわく、立派な売り物らしい)で溢れている香霖堂の店内において、この一角だけは異質な空間となっている。
 そのスペースの主として鎮座している戦車道具用自販機は、香霖堂の天井に届きそうな程に巨大であり、見上げなければ全容を視界に収める事が出来ないほどだ。操作パネルは下の方に付いているので、普通に購入する分には何の問題はないのだが、どうやって中身を補充しているのか謎は深まるばかりであった。

 自販機に硬貨を入れて『タイルパック80』のボタンを押す。
 ゴトン、という重い音と共に景品ルーレットが勢いよく回り出したが、景品が当たるゾーンには程遠い位置でルーレットは止まった。

「これ、本当に当たるの? 今まで7〜8回くらいはこの自販機を使ってるけど、ニアピンすらないよ」
「君は景品が目当てで商品を買っている訳ではないのだろう?
 目的とした商品を買って、運が良ければ景品も付いてくる。それでいいじゃないか」
「……なんか釈然としないなぁ」

 ミスティアは自販機の取り出し口から、無骨な包装紙で包まれたタイルパック80をレンタル屋台へと積み込みながら首を捻る。
 上手く言いくるめられた気もするが、実際に霖之助の言っている事も正しくはあるので強く反論できない。

「ねえ、ところでさ」
「まだ何か用があるのかい? さっきも言ったとおり、屋台関係で売買出来る物はあまり残っていないが」
「そうじゃなくて、ちょっと疑問に思った事があるんだけど」
「ふむ。君の方から訊いてくるとは珍しいな」
「まあ、本当にどうでもいい事なんだけどさ。ここって、よくあの白黒魔法使いが遊びに来るんだろ?」
「魔理沙の事かい?
 ああ、彼女なら毎日という訳でもないが、割と頻繁に顔を出しに来るね」
「そうそう。その魔理沙なんだけどさ、あいつってもの凄く手癖が悪いだろ?
 ここにはレンタル屋台とか、屋台関係の代物が沢山あるから、相当被害を受けているんじゃないの?」
「それなら気にする必要はない。
 彼女は屋台関係――特にレンタル屋台に関係あるものだけは絶対に手を出さない」
「へー、あの魔理沙がねぇ……」

 一体、どういう風の吹き回しだろう。価値のあるなしに関わらず、幻想郷の各地で「死ぬまで借りていくぜ」という名台詞(?)と共に、様々な被害報告がもたらされているというのに。
 それとも普通の魔法使いにとって、屋台は興味の対象外なのだろうか。

「いや、実を言うと過去に一度、レンタル屋台を無断で持ち出した事があるんだが、協会から指名手配されてしまってね。
 幻想郷中を逃げ回った挙げ句、ハンター達に簀巻きにされて協会にしょっ引かれたという出来事があったんだよ。
 それ以来、流石の魔理沙も手出しはしなくなったという訳さ」
「すげえ! 協会すげえ! あと捕まえたハンターもすげえ!」

 魔理沙とは以前、何度か弾幕ごっこをした事があるが、ほとんど勝負にならないくらい強かった。何でも先日屋台を吹っ飛ばしてくれた蓬莱人たちですらも、弾幕ごっこで魔理沙に負けた事があるらしいと耳にした事がある。
 そんな魔理沙を捕まえるなんて、相当の大物が動いたに違いあるまい。

「協会には強力な妖怪が数多くいるからね。何でも、噂では天人や仙人、果ては八百万の神の一部までもが後ろ盾になっているらしい。
 ま、迂闊な事はしない方が身のためだよ」
「でも、そこまでこっぴどくやられたのに、相変わらず他の所からは勝手に拝借しまくっているんだよね」

 例えば図書館は相変わらず被害を受けているらしいし、噂では永遠亭や白玉楼にも忍び込んだ事があるとかないとか……。

「まあ、そこが彼女の短所であり長所だからね。きっと彼女には彼女なりの価値観があるのだろう……多分」

 そう言うと霖之助はカウンターの内側に戻り、椅子に腰を下ろした。
 何故かその姿に哀愁を感じたのは、白黒の魔法使いが手を出さなくなったのは屋台関連だけで、相変わらずその他の店の商品は被害にあっているからなのだろう。
 さすがに店内のガラクタ全てを指して「レンタル屋台の備品だ!」などとホラを吹いてみても、誰も信用しないだろうし。

「…………はあ、そんなものかね」

 しかし、それだけ強いハンター達を沢山抱えている協会の連中が、何年もかけて追跡しているのに、まだ全容すら掴めていないヤタイグラーってどんな集団なんだろう?
 考えれば考えるほど、自分とは遠い世界の話に思えてくる。上には上がいて、さらにその上には上がいる。
 自分のことを最下層とまでは思わないが、はっきり言って下から数えた方が早いという位置に居る事は、遺憾ながら自覚している。
 だからそんな自分にとって、ヤタイグラーも協会も遠い世界の話でしかなかったし、これからもその位置は変わらないだろう。

「どうしたんだい? 難しい顔をして考え事でも?」
「いや、なんでもないよ。
 ……さて。結構長居しちゃったから、私はそろそろ行くね。3号は河童の所まで屋台を牽引したら、すぐ返却するよ」
「ああ、今度は是非とも正式なお客さんとして来店してくれ」
「ちょっと、私が正式なお客さんじゃないっていうの!?」
「レンタル屋台は副業だしね。まあ、強いて言うなら(仮)お客さんって所かな?」
「そんなんだから正式なお客さんも来ないのよ」
「肝に銘じておくよ」

 霖之助はそう言ったが、すでに彼の目線はミスティアではなく、手元の本に落ちてしまっている。
 ミスティアは駄目だこいつ……早く何とかしないと……と思いながら店を出た。まあ、本当に何かする訳ではないが。

 店主は、巫女や魔法使いの価値観など、普通の人間には計り知れないだろうなどと言っていたが、ミスティアから言わせればあの店主の価値観もまた、計り知れない部分があるのだ。


 屋台に乗り込む前に、ミスティアは一応、自分の目で一通り簡単なチェックを行う。
 今まで自分が使っていた屋台とはまるで違う制御システム。しかも自走式だ。いざという時に操作方法が分からなかったでは、シャレにもならない。

「それにしも、あの人形遣いが屋台をレンタルねぇ」

 Cユニットの操作法方を確認しながら、先ほど見せてもらった貸出票の中にアリス・マーガトロイドの名前を見つけた事を思い出す。
 何とも屋台が似合いそうもない感じがする……というより、屋台でタコ焼きとか、焼き鳥などを売っている姿が想像できない。

 今までは屋台経営には無関心だとばかり思っていたが、何か心境の変化でもあったのだろうか? まさか魔法使いを廃業した訳でもないだろうし。
 まあ、あのアリスが八目鰻を売ったりはしないだろうし、商売敵にはならないだろうと思い、それ以上深く考えることもなく、ミスティアは3号のハンドルを握った。





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